2020年12月12日
和邇学区 チョット史跡めぐり(パー7)
チョット散策気分で和邇学区内の史跡(パート7)を紹介します。
今回は、和邇浜の琵琶湖岸の石垣についてご紹介します。
(本資料は「和邇地区民生委員児童委員協議会」よりご提供いただきました。)
和邇浜 琵琶湖岸の石垣

琵琶湖には多くの河川が流入していますが、流れ出ているのは主に瀬田川の一河川です。このため、過去には流域で大雨などが降ると、琵琶湖の水位が上がり、周囲に溢れ出し、家屋や田畑などの多くが浸水の被害を受けていたため、琵琶湖岸に石積みの築堤を設け、洪水を防ごうとしていました。明治二九年の大雨で琵琶湖沿岸では多くの地域が浸水し、100 人以上の死傷者を出し、五万七千戸以上の浸水被害があり、これを機に瀬田川の大規模な浚渫や南郷の洗堰の構築等が進められ、琵琶湖の水量の管理がなさ
れています。

今回は、和邇浜の琵琶湖岸の石垣についてご紹介します。
(本資料は「和邇地区民生委員児童委員協議会」よりご提供いただきました。)
琵琶湖には多くの河川が流入していますが、流れ出ているのは主に瀬田川の一河川です。このため、過去には流域で大雨などが降ると、琵琶湖の水位が上がり、周囲に溢れ出し、家屋や田畑などの多くが浸水の被害を受けていたため、琵琶湖岸に石積みの築堤を設け、洪水を防ごうとしていました。明治二九年の大雨で琵琶湖沿岸では多くの地域が浸水し、100 人以上の死傷者を出し、五万七千戸以上の浸水被害があり、これを機に瀬田川の大規模な浚渫や南郷の洗堰の構築等が進められ、琵琶湖の水量の管理がなさ
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Posted by わにまちづくり協議会 at 10:42
│史跡